こんにちは。まごきょんです(*´ω`*)

前回のMy History|02|茶髪の子供時代・食生活とひとり遊びからの続きです。


引き続き、小学校の頃のお話です。


泣き虫と鍵っ子時代

木にぶら下がっている鍵

小学校時代は母が厳しくて、それはよく泣く子でした。しょっちゅうトイレで泣いていたのを今でも覚えています。


でも、外では踏ん張って強がっていましたよ。泣くのは家の中だけ。


もちろん楽しいこともたくさんあった小学校時代。両親は、よく旅行へ連れて行ってくれました。あまりに小さい時は記憶にないのですが、着の身着のまま出発して、現地で宿を探したり、車中泊しちゃったり。


私の叶えたい夢が、キャンピングカーで日本中を周ること。なんですが、この時のわくわくした体験が元になっているのかもしれません。


そしてそのまま平和に過ごして中学校へ進んだかと思いきや、これが実はいろいろありました。


小学校は、1クラス40人で1学年7クラス!当時は子供の数が多かった時代。かなりのマンモス校です。


学校の授業が終わると、私は学校内に併設された学童保育へ移動。(そこのおばあちゃん先生がとても素敵な人でした)

3年生になると家の鍵をもらって、母が帰ってくるまでひとりお留守番です。



ようするに保育園の頃から、母が働きに出ていたので、学童&鍵っ子コースを歩むことに。(そう言えば保育園でも、いつもお迎えが最後のほうで、先生と職員室で待っていた記憶が…)


父の転職

父は、1つの会社でサラリーマンを続けるような人ではなかったので、母はその点でかなり苦労していたよう…。


自動車が好きだった父は、整備士の資格をとって、ディーラーやHONDAの鈴鹿工場で勤めたり、自分で友人と会社を作って失敗したり、いろいろやっていたみたいです。


ところが私が小学校5年生の頃、父は一生続けることになる仕事との出会いがありました。それは、当時の田舎ではほんとんど見かけなかった【自動車保険販売】という仕事です。


東京で研修を受けた父は、その地域の先駆けとして頑張っていました。


地元で事務所を構え、所長として数々の業績を残していることは、子どもだった私にも理解できました。(陰で支えている母の協力も大きかったのですが)

定年後は独立して、晩年まで続けていましたね。


半分サラリーマンで、半分自営業のような形態なので、保険加入者を増やすことや、事故が多い少ないがお給料に影響していたようです。(つまり事故が多いとボーナスが減ってしまうという^^;)

朝の森

そんな「形のないもの」を売る。


という仕事は、当時はなかなか認識してもらうことが厳しかった時代。でも、父なりに自動車保険の大切さを伝えて、信頼と信用でお客様を増やしていったようです。


ちょっと父の話が長くなりましたが、相手のことを考えてお役に立つ仕事をすること。そのルーツは父なのかもしれません。

もう父は亡くなってしまったのですが、そんなことを今さらながら思いました。



ところで、私って何をそんなに母から怒られていたのか?作法の他には?勉強?いや「勉強しなさい」とはあんまり言われたことないような。

あれ?ほとんど記憶にない…。


「とにかくしっかりしなきゃ。」「素直な子にならなきゃ。」そんなことをいつも考えていました。


そんな私が、小学校へ上がる前のこと。ある事件が起こります。


自転車の車輪でかかと削れる!

ある日、母の自転車の後ろに乗っていた私は、車輪にかかとを突っ込んで、大量出血してしまったのです!


足から血を流して泣き叫ぶ私と、抱きかかえて慌てる母。

この時のことは、今でも断片的に覚えています。


かかとは、合計7針ほど縫いました。母は、雨の日も風の日も治療のために病院へ通ってくれたそうです。


本当にびっくりしたんでしょうね。自分が子育てするようになって、当時の母の気持ちが痛いほどわかります…。


仮病がバレる?!

話を戻して、学童から鍵っ子になった小学生の私。家に帰っても誰もいない毎日。兄弟もいません。(隣の家には年上の従姉妹がいましたが)


きっと、当時の私は寂しかったんでしょうね。学校ではよく「頭が痛い」とか言っては、保健室で過ごすことも…。

これ何年生のころだったか、記憶はあまり定かではないのです。おそらく3~4年生くらいでしょうか。


学校からお迎え要請の連絡を受けた母が、仕事を抜け出して迎えに来てくれた帰り道に言われた一言。


「もう…!それって仮病でしょ~。」


ええ。しっかりバレていました。(笑)



My History|04|へつづく・・・



* * * * *

ごく普通のサラリーマンとごく普通の兼業主婦だった30代の夫婦。

土地なし資金なしコネなしから、夢だったログハウスをハーフセルフビルドすることに成功。

その後すぐに子どもに恵まれ、出産を機に自然豊かな移住先で起業。

10年以上たった40代の今現在でも、雇用されることなく好きなことを仕事として、愛する家族と琵琶湖を望むログハウスで過ごす時間がたっぷりある。

その理由とは…。

動画で私自身が語っています(●´ω`●)↓

  • 田舎で暮らしたい!
  • 環境の良い土地へ移住したい!
  • ライフスタイルを変えたい!
  • 好きなことを仕事にしたい!
  • 理想のマイホームを建てたい!
  • 家族仲良く暮らしたい!
  • 夫婦関係を良くしたい!
  • もっと健康になりたい!
  • もう少しお金に余裕が欲しい!