こんにちは。まごきょんです(*´ω`*)

前回のMy History|03|小学校時代と父のことからの続きです。


週末と春夏冬休みは祖父母の家で

線路

それから当時は、土曜日も午前中だけ学校に登校でした。


なので、そのまま駅の近くで働く母の会社へ下校し、出前をとってくれてお昼ご飯。今でも、よくお昼に食べたラーメンの味は覚えています。


そのまま、隣町から電車で迎えに来てくれている祖母と合流して、週末は祖母の家にお泊りです。


両親が共働きだったので、週末と春夏冬休みは、ずっと祖母の家で過ごしました。当時は、長期の学童がなく、私は祖父母に預けられていたんですね。


私の娘たちを見ていて思うのですが、小学生といえども、まだまだ甘えたい年頃。当時の私は、両親から離れて暮らすことが、とても寂しかったんだと思います。


もちろん、祖父母は大好きでした。

祖父母とのあの暮らしがあったからこそ、今の私がある。


そう言い切れるほどに、とても濃い時間だったと思います。あとでお話しますが、私のツクることが大好きなルーツは、祖母なのですから。


ところが、当時祖母と布団を並べ、とりとめのない話をして眠りについたあと、私はいつも強烈な歯ぎしりをしていたそうです。

祖母からよく聞いていました。「きょうこの歯ぎしりはスゴイわ~。」と。


歯科衛生士さんに、歯茎の下に盛り上がった骨を見て「そうとうきつい歯ぎしりをされていますね。」と、今でも指摘されるくらいですから…。


そうそう、大人になり結婚した後でも、ストレスが溜まると時々歯ぎしりをしていたようです。(←夫談。ちなみに今現在は、まったくしていません)


家庭の事情なので仕方ないのです。両親も、寂しい思いをさせていると感じてくれていたことでしょう。厳しい面はありましたが、愛情たっぷりで育ててくれていたことをじゅうぶんに感じています。


母は、祖母と同じく基本的に明るくユニークな人で、まるで友達のようになんでも話せる間柄。父にも週末ごとに、スケートやスキーに連れて行ってもらったり。と、本当によく遊んでもらっていました。


ですから、本当に両親には感謝しています(*´ω`*)


在宅ワークを選んだ理由?!

おやつ(スコーン)

そんな子供時代を過ごした私だからこそ。


子供たちが小さいうちは、できる限りそばにいてあげよう。と思っています。特に小学校を上がるまでは。


そういう想いもあって、自宅でできる仕事を選んでいます。パソコンさえあればどこでも仕事ができるネットビジネスは、子育て中のママさんに最適なんですね。


実際、娘たちが帰ってきても家にいて「おかえり~。」と、おやつをだしてあげることができる。急に、熱を出しても誰に迷惑をかけるでもなく、気兼ねなく看病をしてあげることができる。


自宅で仕事ができるって、本当にありがたいんです。


いつかは私たちから巣立っていく。子育て期間は、あっという間。本当に貴重な時間ですから。この時期を大切に過ごして行きたい、そう思っています。



寂しいゆえの事件勃発

あと、こんな事件もありました。

祖父母の家に預けられていた小学生1年生くらいのころ。文房具店で買い物をするのが好きだった私。


その文房具を買うために、こっそり祖父の小銭を拝借してしまったんです。

もちろん「買いたいからお金ちょうだい。」といえば、もらえるくらいの小銭です。

でも、私はわざわざスリルを味わうかのように、こっそり盗んでいたのですね。それも何度か…。


当然、祖父に気づかれて、両親へ報告されました。その時は、かなりこっぴどく叱られ、反省するまで小さな庭へ放り出された記憶があります^^;


なんで、わざわざこんな「悪さ」をしたのか。


歯ぎしりと同じです。幼かった当時の私なりのサインだったのでしょうね。


両親と、もっと一緒にいたい。
もっと私にかまって欲しい。


今の私なら、その頃の私の気持ちが、痛いほどよくわかります。だって、二人の娘の母親ですから…。


祖父母から受けた影響

家庭菜園で採れた野菜たち


・・・と、ちょっとネガティブなお話が続きました…。

でも、おばあちゃんちに預けられていたからこその”楽しい思い出”だって、たっくさんありますよ♪


祖母と過ごす時間が多かったので、料理のこと、手芸や洋裁のこと、発酵食のことなどは、この時代が私のルーツになっていると思います。


それと、あの「寂しいゆえの事件」が悪い方へ進めば、グレていたって不思議ではありません。それがなぜ、ひねくれることなく(笑)”今の私”になったのか。


その理由は、毎日毎日、母や祖母の手作りご飯を食べさせてもらっていたからだと確信しています。


3歳までは、どんなに忙しくても、たとえご飯とお味噌汁だけでも良いから、手作りしてあげること。そうすることで、子供は「愛情をかけてもらっている」という実感を得ることができ、精神的に安定するのだそう。


もちろんたまの外食はありましたよ。ですが、基本的に母も祖母もスーパーのお惣菜や冷凍食品は使わず、ほとんど畑で採れたお野菜や自家製の発酵食を使い、愛情たっぷりのご飯を作る人たちでした。

仕事で疲れて帰ってくる日でも、手作りのご飯をお腹いっぱい食べさせてくれた母。


だから、共働きで両親との時間が少なめだった幼少期にもかかわらず、グレずひねくれず、特に中高と反抗期もなく実家で過ごし、巣立っていけたのだと思います。



そうそう、畑といえば、よく祖父が押す一輪車の荷台一番前に乗って連れて行ってもらいましたね~。


パンを焼くのも得意な祖母(大正生まれなのにハイカラな人でした)の手作り食パンに手作りのイチゴジャムを塗ったサンドイッチを持って行き、いつも畑で食べていました。

それに、祖父母のいちご畑で、完熟した無農薬のイチゴをその場で食べる贅沢さと言ったら…。本当に甘くて、今でも口いっぱいに広がる香りを思い出せるほどです。


なので、無農薬で野菜を育てることには、ずっと興味や憧れが・・・。


移住して10年以上経ち、やっと自宅の庭に野生動物対策の菜園ハウスを建てたのです。そう、夢だった野菜作りもなんとかスタートさせることができました。

(金網を張った菜園ハウスで野菜を育てないと、猿の餌を育てるハメになるので…)


正直、無農薬野菜がどんだけ買えるんだ?!という費用が、かかりましたけ。でも、毎日野菜の様子をすぐに見に行ける幸せ。食卓にわずかでも、自家製野菜が登る幸せ。


実際にやってみないと、こればかりは実感できませんよね(●´ω`●)


My History|05|へつづく・・・



* * * * *

ごく普通のサラリーマンとごく普通の兼業主婦だった30代の夫婦。

土地なし資金なしコネなしから、夢だったログハウスをハーフセルフビルドすることに成功。

その後すぐに子どもに恵まれ、出産を機に自然豊かな移住先で起業。

10年以上たった40代の今現在でも、雇用されることなく好きなことを仕事として、愛する家族と琵琶湖を望むログハウスで過ごす時間がたっぷりある。

その理由とは…。

動画で私自身が語っています(●´ω`●)↓

  • 田舎で暮らしたい!
  • 環境の良い土地へ移住したい!
  • ライフスタイルを変えたい!
  • 好きなことを仕事にしたい!
  • 理想のマイホームを建てたい!
  • 家族仲良く暮らしたい!
  • 夫婦関係を良くしたい!
  • もっと健康になりたい!
  • もう少しお金に余裕が欲しい!